北朝鮮が米軍の重要拠点であるグアムに対して弾道ミサイルの発射を仄めかしており、朝鮮半島情勢が更に緊迫の一途を辿っています。

これに対して米軍は戦略爆撃機によるミサイル発射拠点への先制攻撃が可能であると発表していますが、筆者は米軍側から仕掛ける可能性はかなり低いと考えます。

最低限の損失による攻撃自体は問題なく行えるでしょうが、問題は「攻撃の後に朝鮮半島で何が起きるか」です。

最悪のケースとしては「民間人に大量の犠牲者」という事態も十分にありえるのです。

弾道ミサイルだけが北朝鮮の戦力ではない
充実した機甲戦力と砲火力

弾道ミサイルのニュースばかりが流れるので、北朝鮮=ミサイルのイメージがありますが、ミサイル無しでも北朝鮮は非常に強力な陸軍力を備えた国家です。

防衛白書によれば、機甲戦力は戦車3000両以上とかなりの規模で備えられています。

また「砲火力の充実」が北朝鮮の非常に厄介なところです。

あの国は特に自走砲や連装ロケット砲の充実に力を入れており、それらは38度線付近に集められています。

そして2010年の延坪島砲撃事件から「旧式兵器」「低い錬度」とは程遠い、かなり正確・高精度の砲撃能力を有していることが伺えます。

これらが意味するものは、有事の際には砲火力により38度線を越えて攻撃することが可能と言うことです。
韓国ソウルは砲火力、特に連装ロケット砲の射程に入るといわれており、通常弾でも市街地へ対してであれば被害は甚大なものになります。

MLRSのスペックで考えると、射程は40km超で38度線からソウルの北部は射程内。
クラスタータイプの弾頭なら半径数百mの非装甲目標に甚大な被害を生じさせます。
民間人であれば爆風と破片により死亡・重傷は避けられません。

市街地に撃ちこまれた場合、大量の死傷者が出ることは確実でしょう。

短距離弾道ミサイルの存在

北朝鮮は長距離の弾道ミサイルの他に、短距離の弾道ミサイルを相当数保有しています。

射程120kmのトクサは韓国国内を、射程1000kmを超えるスカッドやムスダンは日本国内のほぼ全域を射程に収めます。

在韓・在日米軍基地に対する弾道ミサイル攻撃は十分に可能な能力を北朝鮮は備えているのです。

在韓米空軍所属のA-10

航空攻撃による完全排除は期待できない

航空攻撃は十分な制空権を確保出来ていれば一方的に攻撃出来るため、自軍の損失を最低限に抑えることが出来ます。
しかし空対地攻撃、特に高高度からの攻撃ではターゲットの完全排除が難しいというのは戦史の教訓から見ても明確です。

北朝鮮は38度線付近の陸上戦力を地下シェルターなどで防御・擬装しているとも言われています。また弾道ミサイルも短距離のものは山岳地帯の坑道などを利用している可能性が大です。
地下へ隠蔽された施設の完全破壊は、航空攻撃では非常に困難でしょう。

しかし1箇所でも撃ち漏らせば、先の陸上戦力によるソウル砲撃や弾道ミサイルによる攻撃が実行される可能性があります。

米軍の空爆が先制して実施されて「軍事施設を狙った攻撃で民間人を巻き込んだ」と北朝鮮が主張すれば、北朝鮮側の攻撃も「ソウルの政府・軍関連施設、在日・在韓米軍基地を狙った砲撃により民間人が巻き込まれた」という建前が成立してしまうためです。

ソウルへの砲撃・弾道ミサイル攻撃を許すということは

在韓・在日米軍基地の被害は勿論無視できないものになりますが、それ以上に民間人に多くの死傷者を出したとなると、当然その責任は誰にあるのかという話になります。
韓国国民だけでなく、駐在している外国人に被害が出る可能性も十分にあります。
特に昨今は軍事行動による民間人への被害は政治・外交問題へ直結しやすく、何処の国の政治家もリスクを避けたがるのは当然です。

民間人の犠牲者を覚悟で作戦を決行するとなれば、国際社会に対し相応の説明が出来るだけの確固たる根拠を求められるのは明白でしょう。
しかし自国主権の及ぶ範囲内へ先制攻撃を受けている訳でもないのに、民間人の大量被害を前提とした作戦など決行するのは事実上不可能であるかと思われます。

また事実上の戦争状態に陥った韓国国内からは、特に在留外国人の脱出が必要不可欠になりますが、これをどのように対応するかという問題も残ります。

米軍が北朝鮮に対する攻撃を決行するには

①北朝鮮の反撃を許さない短時間の集中投射

グアムの戦略爆撃機により、あらゆる拠点をほぼ同時刻に叩くという手法ですが、先に書いたとおり地下へ隠蔽・擬装された施設の確実な破壊は航空作戦では事実上不可能です。

よって、この案は非現実的と言えます。

②陸上戦力の投入

地上の脅威を排除する上で、最も確実な方法は陸上戦力の投入です。

航空攻撃を弾道ミサイル基地に対する攻撃と、38度線を越える陸上戦力の前進支援に用いればソウルへの砲撃は回避出来る可能性が高くなります。

しかし、どれだけ綿密な計画をもってしても陸上戦力の投入は戦死者を出す可能性が非常に高い行動です。米国は戦死者を出すことに対する世論の反発が強く「戦死者を出してまで決行するだけの十分な建前」は不可欠になります。

また38度線・軍事境界を越境しての陸軍侵攻は、中国・ロシアが黙っていない可能性が大です。

軍事境界線付近で戦線が膠着状態に陥り、朝鮮半島での戦争が再開するのは何処の国も望んでいないことであり、下手に刺激したくないというのが現状でしょう。

③斬首作戦(金正恩の暗殺)

特殊部隊の急襲による、金正恩及び高級幹部を狙った暗殺作戦の決行。

現状、最も低リスクであると考えられますが、問題点は「金正恩の死後、北朝鮮をどのように統治するか」という問題です。

先ほども書いたとおり、朝鮮半島での有事再開は何処の国にとっても望ましい事態ではありません。
軍事衝突を回避出来るようなシナリオを予め用意しておくことが必要です。

またテロ組織首謀者と違い、かなりの警護がいることを考えると、空挺や潜航による隠密潜入(人員・武装に大幅な制限)での排除が可能なのかというのも不透明なところです。

 

報道などではミサイル発射施設に対する航空攻撃を肯定的に捉える意見もありますが、これだけのリスクを勘案するととても決行に踏み切れるものではないと思われます。

実際米国マティス国防長官は今まで「軍事的に解決しようとすれば信じ難い規模の悲惨な事態ををもたらす」との立場を取っており、軍事のプロフェッショナルからしても軍事行動による脅威の排除は非常にハイリスクであることが伺えます。

そして朝鮮半島に対する攻撃が起きれば、在日米軍基地を多く抱える我が国も攻撃の対象になる可能性は十分にあるのです。

「限定空爆」がどれだけのリスクを抱えた行動になるか、我々はしっかりと考える必要があります。

痛飛行機弐