(画像はイメージです)

先日の九州北部豪雨で、初の本格的な出動となった全地形対応車・通称レッドサラマンダー。

キャタピラ(クローラ)を装備して、浸水・ガレキなどで通行に支障が出て一般車両の到達不可能な地域にも走っていける特殊車両として、東日本大震災の後に愛知県へ1台だけ配備された物です。

今まで出動事例が無かったため、無駄ではないかとの声もありましたが、筆者なりの考えをまとめていきたいと思います。

なお前提として、筆者は「人命救助のための装備が、誰の命を救う機会も与えられず、務めを終えるのは最も幸せなこと」だと思っています。
事故・災害なんて起きないに越したことはないのです。準備は万全に、しかし使う機会は訪れない、これが最も理想的です。

しかし現実には、リスクは避けて通れません。
限りのある予算・人員を如何に有効活用して、最大の効果を挙げるかというのは、真剣に議論されるべきです。

レッドサラマンダーは本当に高性能か?
クロスカントリー車両との比較

レッドサラマンダーの大きな特徴として、悪路の走破性と浸水地域の対応能力というのがあります。
一般に悪路走破性が高いと言われるクロスカントリー4WD車と比較して、どれくらいのものなのか、自衛隊が採用している高機動車(民間版:メガクルーザー)を例に取って比べてみましょう。

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ヘリコプターによる吊り下げ輸送も可能な高機動車
自衛隊で広く使われている人員・物資輸送車両だ

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※積載人員は運転要員込み

引用元
https://trafficnews.jp/post/74630/
http://www.mod.go.jp/gsdf/chotatsu/document/pdf/02/49.pdf

超壕能力・超堤能力

堤、すなわち直角の段差を自力で乗り越える能力を、まず見てみましょう。

レッドサラマンダーの超堤能力は0.6mの高さ。
これに対して高機動車の超堤能力は0.5m以上。

実は、意外にも10cmしか変わらないのです。

また超壕能力、すなわち窪地・凹を自力で突破する能力ですが、レッドサラマンダーが幅2mに対して、高機動車は幅75cm。
こちらはキャタピラを装備するだけあって、装輪車両でもトップクラスと言われる高機動車を大幅に超える能力を有しています。
高機動車も37インチ(約94cm)という自動車としては特大級のタイヤを装備していますが、タイヤの径より大きな溝を越えることは出来ません。

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渡河能力

レッドサラマンダーの大きな特徴として、水没した地域でも活動可能という点があり、水深1.2mまで対応可能と言われています。
これに対して、高機動車はレッドサラマンダーほどではないにしても、水深0.8mまで対応可能です。

登坂能力

レッドサラマンダーが傾斜50%まで対応可能なのに対し、高機動車は傾斜60%(幅1mに対し60cm登る坂、31度)
実は高機動車の方が優れているのです。

これは恐らくですが、12トンという非常に大きな重量に加えて、渡河走行時に「水かき」としての機能を履帯に持たせる必要があるため、接地摩擦力が犠牲になっているのではないかと思います。

参考までに、こちらは海外の動画ですが、高機動車の民間版メガクルーザーの悪路走破の様子です。
如何に凄まじい走破能力を持っているか分かるかと思います。

積載能力

レッドサラマンダーは4400kgと4トントラック相当の荷物が積めるのに対して、高機動車は約1500kg。
但し、定員は双方とも10名となっており、変わりません。

またレッドサラマンダーが最高時速50km、燃費がリッター1kmと言われているのに対し、高機動車は時速80km、燃費はリッター7kmと、装輪車両だけに圧倒的な分があります。

これらの要素を総合的に考えると、レッドサラマンダーは確かに高い性能を持っていますが、決して圧倒的な能力とまでは言えないと考えられます。

高機動車は自衛隊車両なので、民間向けには販売出来ませんが、過去に販売されていた高機動車の民間仕様:メガクルーザーだと1台1000万円ほど。
対してレッドサラマンダーは1億円。
性能差に対して9000万円の価格差の価値があるかと言われると、微妙なところではないでしょうか。

災害現場での使用目的を考える

レッドサラマンダーのような全地形対応車両の活躍が期待されるのは、一般に道路が障害物により寸断されていて通常車両の通行が不可能な状況です。

しかし、被災地では災害発生直後から、速やかに地方整備局・地元の建築会社、それでも足りなければ自衛隊の施設科部隊などが災害派遣されて、懸命の道路啓開作業を実施します。
東日本大震災で実施された「くしの歯作戦」(縦のラインを速やかに確保、沿岸域までの横ラインを順次確保していく道路啓開作戦)では、震災発生翌日夜には沿岸域までの11ラインを確保するなど、そのスピードは相当なものです。
http://infra-archive311.jp/s-kushinoha.html

輸送や土木作業の主力部隊が安定して移動するためには「道路」は絶対に必要なものであり、その確保は災害対応に欠かせません。

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つまりレッドサラマンダーの活躍が期待されるのは、震災発生直後~道路啓開作業が完了するまでの、限られた時間になります。
一度、道路が開いてしまえば、装輪車両が圧倒的に有利なのです。

レッドサラマンダーと同じだけの荷物は、10分の1の価格で調達できる3 1/2tで低コスト運送できます。

また孤立地域などで緊急を要する事態に関しては、航空輸送・ヘリコプターにスピードの分があります。
極端な話ですが、急患や復旧まで耐えるのが難しい弱者さえ救助して、数日分の物資と連絡要員を空路で現地まで輸送できれば、その地域は「最低限、危険な状態を脱した」と言えます。
多くの被災者が出ている状況では、1人でも多くの人間の「生命」を守ることが最優先なので、最低限の措置だけ施して、速やかに次のエリアへ向かうほうが効率的です。

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一方、航空輸送の弱点として、天候の制約が大きいという点があるので、その点では陸を移動出来るレッドサラマンダーは有利です。しかし極端な悪天候になれば二次災害防止の観点から地上部隊にも待機、または撤収の命令が掛かります。

と、なるとレッドサラマンダーの優位は「ヘリコプターの運用は出来ないが、地上部隊の行動は出来る」という限られた条件下のみ発揮できるものです。

更に先ほどの走破性能や、道路啓開などの要素と合わせると

・クロスカントリー車両では走破出来ないけれど、レッドサラマンダーなら走破出来る路面条件
・道路が啓開されるまでの限られた時間内
・航空輸送は出来ないけれど地上部隊の活動は可能な気象条件

という、極々限られた条件下においてのみ、レッドサラマンダーはその性能の優位性を保てると考えることが出来ます。

この条件下の為だけに、取得・運用費用が非常に高いキャタピラ車両を持っておくことが理に適っているかどうか、非常に微妙なところだと思います。

また限られた時間内においてのみ優位性があるということは、展開の速さがキモになりますが、キャタピラ車両は一般的に自走での長距離移動には向かず、トレーラーなどで現場近くまで運んでもらう必要があり、展開能力は非常に低いと言えます。
仮に自衛隊の輸送機などで、最寄の空港まで運搬してもらっても、そこから長距離の自走が必要であれば意味がありません。
展開時間の短縮を実現するには配備箇所を増やすしかありませんが、数が増えればそれだけ個々の出動するケースは減ってしまうというジレンマです。

消防の任務は災害対応だけじゃない

消防組織法には以下の通り、消防の任務が定められています。

第1条 消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務とする。

消防組織の仕事には勿論、災害の対応が含まれていますが、火災の防止・消火活動・救急搬送など、多種多様な任務を24時間365日、常に備えなければいけないのが「消防」です。

つまり同じ予算で装備品を調達するのであれば、特定の任務でしか活躍できない車両よりも、多種多様な任務に使用出来る万能な装備品の方が「消防」という全体の任務を達成する上では合理的です。
例えばレッドサラマンダーではなく、クロカン系をベースにした消防車両を複数購入して、広域配備する方が、悪路走破性の限界値こそ低いものの、普段の任務での使い勝手は間違いなく高いでしょう。

ここで1つ、技術者倫理に関する有名な問いかけを皆さんにお出しします。

A県にある○○川は、以前より水害を発生させることが多く、護岸改良工事の必要性が叫ばれていた。
調査の結果、氾濫を起こしやすいポイントは2箇所存在する。
ポイント①は10年に1度の降雨量で氾濫の恐れが高く、氾濫した場合、流域にある人口1000人のX村の大半が濁流に飲まれることが懸念される。
ポイント②は50年に1度の降雨量で氾濫する恐れが高い。その周辺はY市の大規模な住宅地であり、氾濫した場合、その濁流の影響は1万人に及ぶと推定される。
A県の財政及び施工業者の状況では同時の施工は出来ない。工事期間は5年を要するが、どちらかを先行して工事する必要がある。
さて、どちらを先に工事することが、正しいと思うか。

災害の発生確率から考えれば①を先行したほうが、理に適っています。
しかし②を先行して工事すれば、①の10倍にあたる1万人が工事の恩恵をより早く享受することが出来ます。

この問題に関しては「正解」は無いと言われています。
想定被害金額や発生確率等を換算して、費用対効果という形である程度モデル式・数字として算出することは出来ますが、どちらも間違いではありません。

「最大多数の最大幸福」という功利主義の考え方は、筆者の考えに最も近いところではありますが、消防の装備品調達もこれに準ずるものがあると思います。

即ち、同じ予算で、どれだけ多くの人に「幸福」をもたらすか、ということです。

また有名な「戦いの原則」においても「節用の原則」というのがあります。
最大限の効果をもたらすためには「遊兵」、即ち作戦行動に関与しない兵を出してはいけないという原則です。

先ほど書いたとおり、消防の任務は日頃から数多く発生していますので、言わば毎日が戦場です。
「災害時にしか使わない装備」よりも「災害での絶対性能は低いが、普段から使える装備」の方が「遊兵」は少なくて済みます。

結論ありきで議論を止めることこそ悪

先の技術者倫理の問題では、①と②のケースを選ぶというスタイルでしたが、実際には他にも議論できる事が多々あります。
例えば発生確率の高いほうを先行して工事するが、もう一方の流域で速やかな救助が出来るように体勢を再検討する、警戒基準を見直して人命の保護だけは必ず出来るようにするなど「人命保護」という目的さえハッキリしていれば、更に良い方向を目指すことは可能なはずです。

消防に限らず、何かを決めるときに「手段と目的の混同」ほど愚かなことはないと思います。
「レッドサラマンダーは役に立つ装備だから導入する」ではなくて、それをどう活かす?他へのしわ寄せは、どうカバーする?など、積極的に議論を行うべきなのです。

筆者は、あのレッドサラマンダーは、任務での使用は当面諦めて、純粋に「試験機」に回すべきだという考えです。
どのような条件なら走破出来るか、どのような任務での使い道があるか、安全に運用する為に、どのような注意点が必要か。
積載重量別の走行性能変化、どのような機材を搭載して、どのような任務を遂行できるか。
「全地形対応車両の有効性検証」として数年間の中期計画をしっかりと立てて、それを基に毎年の試験内容を決めていく。
もしかしたら、何かしら有用性を見出せる可能性は十分にあり、それを基に、実戦配備するか否か、決めれば良いと思います。

その「可能性」を探すための調査研究という明確な目的のためであれば、あの高額な車両も十分に「未来の可能性への投資」という価値があると思うのです。

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