日本のミサイル防衛 その定義と手順

日本のミサイル防衛 その定義と手順

平成29年4月5日、北朝鮮が日本海へ向けて飛翔体1発を発射したとのニュースが流れました。

官房長官会見より
・発射時刻8:42 北朝鮮東岸新浦(シンポ)より飛翔体1発が発射。
・飛翔体は約60km先に落下したと推測。日本のEEZには落ちず。

今回60kmという対空ミサイル相当の距離しか飛んでいないことに関して、わざと狙ってのことか、あるいは失敗だったのか、様々な見方が出来ますが、米中首脳会談を控えた状況下でのミサイル発射には威嚇の意図が明確に感じられるのは確かであり、今後の北朝鮮情勢が更に緊迫化することは避けられないと思います。

日本も最早、対岸の火事とはいえず、いざ有事となれば日本にミサイルが飛来する可能性は十分にありえるでしょう。

そこで日本を守るために必要なのがBMD=ミサイル防衛であり、今回はミサイル防衛の現状や、その手順について解説していきます。

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ミサイル防衛 その定義

自衛隊の装備により日本へ飛来する弾道ミサイルを迎撃する法的根拠は、以下の2通りがあり得ます。

・自衛隊法第82条の3 破壊措置命令によるもの

自衛隊法第82条の3では、日本国に弾道ミサイル等が落下して、生命・財産に被害を及ぼす場合がある場合に総理大臣の承認において防衛大臣が発令することが出来ます。
この場合、迎撃対象は「自国に落下する恐れのある弾道ミサイル等」であり、明らかに異なる軌道を取るものは法的に迎撃する根拠がありません。

・自衛隊法第76条 防衛出動によるもの

自衛隊法第76条における防衛出動が内閣総理大臣より発令された場合、日本国を防衛するために必要な武力を自衛権に基づき行使することが出来るので、着弾する恐れのあるミサイルに対しては迎撃行動を取ることが可能になります。

一見、同じように見えるかもしれませんが、法的な意味は全くと言っていいほど異なります。
防衛出動が
「日本国を防衛する為の、国際的に認められた自衛権行使」
であり、必要な武力行使が許可されるのに対し破壊措置命令は
「日本国内に被害を及ぼすおそれのあるもの」「国民の生命・財産を守るため」「弾道ミサイル等の破壊のため必要な装備を用いて」
撃ち落しても良いという命令です。

使用出来る装備についても定められており
「自衛隊法第82条の3第3項に規定する弾道ミサイル等に対する破壊措置に関する緊急対処要領」
において、護衛艦のSM-3及び高射のPAC-3、このどちらかと定められています。
これ以外の装備品は破壊措置命令の発令では使うことが許されません。

防衛出動の発令は自衛権の行使ですので、対象国が明らかに自国への攻撃意図を持っていることが要件となります。
つまり「敵が日本を攻撃してくる」状態です。

しかし実際のところ、対象国のミサイルが日本へ向けて準備されているかどうかは、直前あるいは撃ってからでないと分かりません。

かといって文民統制を原則とする自衛隊においては、自衛隊独自の判断で迎撃行動を取ることは「自衛隊の独断」に他ならない行動となります。
たとえそれが結果論として多くの命を救う事になっても、です。

この隙間を埋めて、自衛隊の迎撃行動を正式な政府の命令下に置くための根拠が「破壊措置命令」であると言えます。

防衛白書の、こちらのページが分かりやすいかと思います
平成28年度防衛白書 資料45 弾道ミサイルなどへの対処の流れ

ミサイル迎撃の流れ

現在のところ大幅な改正があったという話を聴いたことがないので、2005年の自衛隊法改正時における手順を参考に解説していきます。

・発射検知

現状では、弾道ミサイル発射の第一報は早期警戒衛星を運用する米軍に頼らざるをえないと言われています。

早期警戒衛星とは
衛星軌道上より特定地域に対する監視を行い、主にミサイルの発射炎による赤外線放出を探知するもの。

これは自衛隊の装備のみでは対象国を常時監視することが難しいためで、横田基地の航空総隊司令部が米軍と協力して弾道ミサイルの発射を探知することに務めています。

この点、米軍に依存することの是非は何かと議論されますが日本の軍事技術は早期警戒衛星を運用するにはまだ時期早々であること、また日本国内に基地を置く米軍がミサイル迎撃で日本と協力しないことはデメリットでしかないことから、現状は米国の支援を受けながら早期警戒衛星の自国運用を模索するのが最適かと筆者は考えます。

・探知、追跡

ミサイル発射の情報は直ちに航空総隊司令部に伝達され、自動警戒管制システム、通称「JADGEシステム」を用いて各所に伝達されます。
洋上では「こんごう型」護衛艦が、第一報を受けた方向へSPY-1レーダーを照射して飛翔中のミサイルを捜索。
また大湊・佐渡・下甑島(鹿児島)・沖縄の各地にあるレーダーサイトJ/FPS-5も同様にミサイル捜索を行い、PAC-3迎撃部隊へ必要な早期警戒情報を伝達します。

ミサイルの探知に成功すると直ちに飛行情報が分析され着弾予測地点などの解析が実施されます。

この時点で、ミサイルが日本へ到達しない、または通り過ぎると判断される場合には、迎撃は実施しません。

よく何故、ミサイルを迎撃しないのかとの声もありますが

  • 迎撃可能なら、着弾地点も割り出すことが可能
  • 敵の威嚇行動に対して、手の内を晒すのは戦術として愚策
  • そもそも日本に落ちる可能性のあるものしか法的に迎撃できない

など、迎撃しないのには、それなりの理由があるのです。

なお2017年4月現在、防衛大臣による破壊措置命令は「常時発令中」となっています。
そのため政府からは「日本に落下する可能性のある弾道ミサイルは迎撃を行ってもよい」と既に許可が出ている状態であり、迎撃を行うか否かBMD統合任務部隊の長である航空総隊司令官(空将)の権限を以って決める事が理屈の上では可能です。

恐らく実際には、防衛大臣及び内閣総理大臣への緊急連絡が入るかと思いますが、着弾まで1分1秒を争う状況下で、代理執行者として権限が一部移譲されているものと思われます。

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・イージスシステムを用いたSM-3迎撃

飛翔コースが日本国内であることが判明した場合、最初に迎撃へあたるのが「こんごう型護衛艦」です。
平成29年4月時点で「あたご型」はMD能力の改修に関する予算は計上されているものの、改修完了との情報がありません。

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イージスシステムにより弾道ミサイルの飛翔コース、及び迎撃ミサイルの最適コースを算定した後にRIM161スタンダードミサイル3、通称SM-3が発射されます。

SM-3は三段式固体燃料の大型ミサイルで、母艦から随時最新の軌道情報による誘導・針路修正を受けながら三段全てを燃焼させて迎撃コースに入り、最終的に弾頭の微調整で目標に「直撃」することで弾道ミサイルを破壊します。
交戦高度は100kmを遥かに超えるといわれており、さながら小型の「ロケット」そのものです。

しかし高速で大気圏外を飛翔するミサイル弾頭に、迎撃弾を「直撃」させるという非常に難易度の高い迎撃となるため、100%成功するとは言い切れません。

・PAC-3による迎撃

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SM-3が目標を撃破出来なかった場合、航空自衛隊の高射隊によるペトリオットミサイル・PAC-3の迎撃に移行します。

PAC-3はSM-3同様、直撃による弾頭破壊を目標としていますが地上発射型故にその防御範囲は狭く、発射機を中心として約20kmの範囲、それも扇形になります。
そのため、重要施設・大都市部など弾道ミサイルで狙われる可能性のある施設に対する限定的な防御が限界であり、二重の防御体制とは言うものの、言ってしまえば「最終手段」の状態です。

また、PAC-3は弾道ミサイルの再突入~落下までのターミナルフェイズを狙うため、迎撃弾と対象の相対速度が非常に速く、迎撃そのものの難易度も高くなります。
(空から落ちてくる物体に、真正面から弾を当てるわけですので)

この穴を埋めるために、自衛隊では以下のような対策が検討されています。

今後のミサイル防衛

・MD対応護衛艦の増強

平成28年度第3次補正予算及び平成29年度予算にて「あたご型」のMD能力増強が記載されており、引き続き「あたご」「あしがら」の2隻に対しMD能力獲得が進められるものと思われます。
これにより日本のMD対応艦は6籍となり、より密な警戒態勢が期待されます。

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DDG-177 「あたご」 MD対応の改修が継続中

・最新型PAC-3 PAC-3 MSEの取得

現在、自衛隊に配備されているPAC-3より更に性能向上型(射程延伸・機動性向上)のPAC-3 MSEを取得する事が平成28年度第3次補正予算で決定しています。
これにより、PAC-3を用いた対応可能範囲の拡大及び、迎撃確立の向上が期待されます。

・新たな迎撃システムの導入

現状の2段構えの迎撃体制を更に厳重にするため、SM-3とPAC-3の間を埋めるための新たな迎撃システムの導入が、次期防衛大網に記載されるか検討中であるとの報道がなされています。

候補としては陸上イージスシステム「イージス・アショア」、または終末高高度防衛ミサイル、通称THAAD、どちらかが有力です。

イージスアショアは艦載イージスシステムの陸上設置版で、洋上からのSM-3が撃ち逃したミサイルに対して、更にミッドフェイズ(中間航行)で再迎撃を仕掛ける方式。
THAADはターミナルフェイズでPAC-3より更に高高度で迎撃する方式です。

弾薬の共通化などの観点から、イージスアショアが有力ではとも言われていますが、そもそも現状では防衛大網に記載すらされていない状態なので、詳細は今後決定されていく事になります。

追記:イージスアショアシステム導入が、2017年夏現在、ほぼ確定となっています。

北朝鮮は確実にミサイル技術を成長させており将来的には迎撃の難しい高高度コースでの発射や、複数同時による波状攻撃なども十分にあり得ると筆者は考えます。
最初に書きましたが、すでに対岸の火事では無いのです。

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