緊急脱出ベイルアウト。射出座席はどのように動作するか。

緊急脱出ベイルアウト。射出座席はどのように動作するか。

先日のF-2の墜落事故でもパイロットの命を救った射出座席。

パイロットにとっては、まさに最後の命綱とも言えますが、もしもの時に射出座席がどのように動作するか、またどのような仕様になっているのか。

フライトマニュアルなどから解説していきます。


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ゼロ・ゼロシステム
脱出可能高度

近年の射出座席は基本的にゼロ・ゼロシステムと言われる仕様になっています。

速度ゼロ・高度ゼロ、すなわち機体が駐機状態にあっても脱出が可能という仕様です。

F-16 Flight Manualより

しかし、あくまでも高度ゼロで脱出可能なのは「機体が水平に停止している場合」です。

脱出可能か否かの高度制限については、大きく分けて

  • 速度
  • 機体姿勢

の2つの要素が関係します。

速度が遅ければ遅いほど、機体が水平飛行に近ければ近いほど、より低高度での脱出が可能です。

上記の例で見てみると、速度は同じ250ktですが

  • バンク水平、30度で降下
    →脱出可能高度340ft
  • バンク90度、60度で降下
    →脱出可能高度540ft

機体の姿勢によって約200ftの差が付いている事が分かります。

先のグラフにBANK ANGLE 135°や180°の表記がある通り、背面飛行状態でも脱出が可能な射出座席ですが、どのような姿勢で脱出するかは非常に重要な要素なのです。

射出座席の動作

以下に記述するのは、射出座席の代表的な製品の1つACESⅡの例です。

このタイプの射出座席は脚にあるハンドル(Ejection Handle)を引き上げることで座席が作動します(イラスト赤丸がハンドル)

このハンドルは片手、両手どちらでも操作可能なように設計されていますが、40ポンド~50ポンド、およそ20kgの力で引かない限り動作することはありません(F-16の場合)

ハンドルを引くと、ほぼタイムラグ無しで以下のシーケンスが自動で進みます

  • ショルダーストラップの巻きつけ、ロック
    (乗員の固定)
  • キャノピーの強制投棄火薬に点火
  • キャノピー投棄
  • ロケット点火

ただし複座機の場合には若干のラグがあるようでF-16の場合には単座の場合と比較して後席は0.33秒遅れ、前席は更にそこから0.40秒のラグを生じるとされています。
なお射出後は機体の後ろに吹っ飛ばされるため、複座機の場合には必ず後席が先に作動します。言わずもがな前を先に飛ばすとロケットモータの噴射が後席を襲ってしまうためです。

射出後は高度・速度により自動的にMODE1(低速・低高度用)、MODE2(高速・高高度用)が判定されて、パラシュートの作動に移行し、更に座席とパイロットの切り離しが行われます。

MODE1の場合には射出後、速やかにメインパラシュートの展開に移行。
射出から0.45秒でシートが分離し、1.80秒後にはパラシュートが開傘します。

MODE2ではまずドローグシュートと言われる減速傘を開傘し、空気抵抗により速度を減速。1.32秒後にドローグシュートを切り離し、1.42秒後にシート分離、メインパラシュートは射出から2.8秒後に開傘するシーケンスです。

なおMODE1&2の他に高高度用のMODE3というものもあり、この場合にはある程度の高度に落下するまでメインパラシュートが開かずにフリーフォール状態で落下する仕組みとなっています(F-4EJファントムの場合は14000フィート)

メインパラシュート開傘後は、座席下に収納されていたサバイバルキットが自動で展開して着地・着水に備えます。

なお仮にオートでパラシュートの動作シーケンスが作動しない場合には、緊急用の手動開傘ハンドルをパイロット自身が引っ張らなくてはなりません。

なお、このタイプの射出座席には体重制限が課せられていて、軽すぎても重すぎても負傷リスクが増大します。
ACESⅡの場合には140ポンド~211ポンド、63.5kg~95.7kgが制限値です。
戦闘機パイロットの体格制限は、主にこの射出座席の重量制限に由来します。

最新の射出座席事情

上記で解説したのは、主に第4世代戦闘機で採用されたACESⅡという一世代前の射出座席でしたが、第5世代戦闘機では射出座席も進化しており、同メーカーUTCエアロスペースではACES5となっています。

 

進化した射出座席の大きな特徴の1つが「頭部の保護」です。

第4世代までパイロットが被っていたのは単純なヘルメットでしたが、第4.5世代、そして第5世代ではヘルメット自体がHMD(ヘッドマウントディスプレイ)となり、形状の複雑化や重量増に繋がっています。

その為、従来のヘルメットよりも射出される際に頭部そして首への負担が大きくなる事から、射出時に座席が強制的にパイロットの頭部を固定するというシステムが採用されています。

また頭部のみならずロケットモーターの進化や姿勢制御の高精度化により負傷リスクも低減されています。
その進化は、以前は「脱出して生き残れればよい」だったものが「脱出しても戦線復帰できる」ものが求められたとまで言われるほどです。

 

現在、世界各国の空軍ではほぼ例外なくパイロットの人手不足に悩まされています。その中で貴重なパイロットを如何にして失わないか、安全に脱出させるかというのは当然重要な課題となることから、今後も射出座席の改良・発展は続いていくことでしょう。

※参考資料

  • FLIGHT MANUAL F-16A/B
    (グラフなど引用)
  • F-15完全マニュアル(イカロス出版)
  • 永遠の翼F-4ファントム(著:小峯隆生)