中国のドローンに対するスクランブル対応は何故必要だったか

中国のドローンに対するスクランブル対応は何故必要だったか

平成29年5月18日、午前11時頃、尖閣諸島・魚釣島周辺、日本の領海内に入っている中国船より、小型無人機(ドローン)が発進したのを受けて、航空自衛隊がスクランブル対応を行うという出来事がありました。

画像から察するに、いわゆるクワッドコプター、観測等に用いる小型のものと見られ、仮に何か積めたとしても数kg程度でしょう。

そんな小型ドローンに対するスクランブル発進が何故必要だったか、法的根拠なども交えて解説していきます。

領海には無害通航権が保障されている
しかし領空には無い

この問題を考える上で、最も大前提となるのが、ここです。

領海侵犯という言葉を良く聞きますが、領海には「無害通航権」が国際法で規定されています。
主権国に対し、害を成さない領海の通航は各国共通で認められており、領海に立ち入ったからといって、それを以って法的対処に移る事は出来ないのです。
(停船命令、臨検、退去要請などを行うことは当然可能です)

対して領空には、海の無害通航権に該当する権利は保障されていません。
領空の飛行に際しては、全て主権国の事前許可が必要であり、許可無く領空に立ち入れば、それは領空侵犯と見なされます。

今回の場合、領海内にいる中国船からドローンが離陸したので、その時点で「領空侵犯機」と見なされた訳です。

2016年12月には、周辺海域を航行中の艦船からヘリが離陸したため、防空識別圏に侵入したと見なされ、スクランブル発進したという事例もありました。

領空侵犯措置は警察権行使である

これは以前の記事でも書きましたが、領空侵犯措置は自衛権発動ではなく、日本国政府の警察権行使と解釈されます。

領空侵犯は警察権についての解説記事

当然ながら、警察権を行使できるのは、日本国の主権・統治権が及ぶ範囲、またはそれに順ずる範囲となります。

逆を言えば、領空侵犯に該当する事例が確認されたにも関わらず対応を取らないと、「日本国は当該空域を自国の統治権が及ぶ範囲と認識していない=その空域は日本の領空ではない」と、余計な材料を相手に与えかねないのです。

今回のスクランブル対応は、この口実を与えない為の措置だと思われます。
即ち「日本国領空内に、事前の許可無く飛行する無人航空機を確認したため、日本国政府は警察権を行使した」という明確な実績が必要だったのです。

実際、尖閣海域に海上保安庁の巡視船が常に張り付いているのも「尖閣諸島周辺海域は日本国の領海であり、日本の海の警察である海上保安庁が警察権を以って管理する」という主張を譲らないためです。

今回はE2やE767も対応に当たったとのこと
今回はE2やE767も対応に当たったとのこと

現状、領空侵犯措置に対する対応は航空自衛隊のみが行っているので、正規の手順としては自衛隊が対応するしかありません。

ただ小型機に対してその都度対応していては、航空自衛隊の消耗は避けられませんから、今後このような事態に対して、海上保安庁の警告を以って対応するなど、何らかの検討は必須かと思います。

無人航空機発進は無害通航の違反となるか

さて、今回の発進に対する解説が終わったところで、今回の件で1つややこしい問題が生じた事を、加えて解説しておきます。

先ほどの領海内における無害通航ですが「無害」の定義は国連海洋法条約第19条において、無害通航を主張するものが行ってはならない行為が規定されています。
有名なのは潜水艦の潜水航行でしょうか。これは潜水艦が潜っている=それ自体が軍事作戦行動と見なされるという解釈だと思われます。
その中の一つとして
航空機の発着、または積込
という一文があります。

即ち領海内で航空機を船体から発着させた場合、無害通航だと主張出来ないということです(空母の発着艦が一番分かりやすいかと)。

ただ「ドローンって航空機なの?」という、ややこしい問題が生じるのです。

国際的な領空等の取り決めについて、定められたシカゴ条約においては、航空機の定義に付いて明文化はされていないもののICAO(国際民間航空機関)の文書にておいては、基本的に空を飛ぶものは全て「航空機」と解釈されます。
但しICAOは、あくまでも民間航空機に関する国際機関で、シカゴ条約のような国際法とは、また少し異なってきます。

また日本の国内法である航空法においては「航空機」の定義に無人航空機は含まれておらず、「無人航空機」という別カテゴリーが存在します。
即ち、ICAOの定義を採用するなら今回の件は「航空機の発着」であり、対象の中国船は無害通航ではないとなりますが、国内法の定義を採用するなら無人航空機は航空機ではないので、発着しても問題ない(但し領空侵犯行為は別です)という解釈になります。

仮に無害通航ではないと判断されれば、これを利用して、先の海上保安庁による警告に合理性を持たせるということも出来るかと思います。
しかし、この辺は空と海でルールが違うという、複雑な事情も関係しているので、政府内でも意見が分かれるのではないでしょうか。

今後の動向に注目していきたいと思います。