4月18日朝の読売新聞などにおいて、北朝鮮の弾道ミサイル等が日本国領海に着弾した場合「武力攻撃切迫事態」として対処するとの報道がありました。

自衛隊創設以来、発令された命令は最大でもミサイルに対する破壊措置命令、または海上警備行動までで、現状では第77条の2「防御陣地構築」すら発令実績が無い事を考えると、これはかなり踏み込んだ判断であると思われます。

今回は「武力攻撃切迫事態」というのが、どのような状況か、また自衛隊にはどのような行動を取るのか、条文を紐解いて解説していきます。

広告



大前提:文民統制

日本国・自衛隊において、その行動は厳格な文民統制により、コントロールされなくてはならないというのが大前提であります。

緊急避難・正当防衛に該当する場合を除き、内閣総理大臣または防衛大臣等から正式な発令を受けずに、その武器を使用することは絶対にあってはなりません。

現在は常時発令となっていますが、弾道ミサイルが日本に落下する場合において、破壊措置命令が防衛大臣から下命されていないのに、護衛艦の艦長が独自判断でSM-3迎撃ミサイルを撃てば、それは「独断行動」「自衛隊の暴走行為」に他なりません。
結果論として、着弾していたら国民に何万人もの死傷者が出ていたのを防いだとしても、その方は英雄ではなく独断で自衛隊の武器使用を行った「規則違反者」になります。

kirisima

正当な理由無くしては、ミサイルどころか機銃弾1発、拳銃1発すら、自衛官が引き金を引くことは、絶対に許されないのです。

「警察代行」としての自衛隊
「軍事組織」としての自衛隊

自衛隊が出動する最も代表的な事例としては、領空侵犯に対する措置がありますが、法律上、領空侵犯措置は「警察」の仕事を自衛隊が代行していると解釈されます。

なんのことやらと思われる方は、空ではなく海をイメージしてみると分かりやすいかもしれません。他国の船舶が自国の領海に入ってきたからといって、いきなり海上自衛隊は出動しませんよね。
あくまで領海侵犯に対する初動措置は海の警察「海上保安庁」の職務領域であり、海上保安庁が対処不能な武装船などの事案に対して「海上警備行動」として自衛隊の応援を求めるという流れになります。

領空侵犯においては、自衛隊以外に戦闘機など持っていませんので、最初から「空の事案は自衛隊が代行しますよ」となっているわけです。

scr2

海上警備行動や治安出動においては、自衛隊の武器使用も警察の職務執行に順ずるものが適用されます。
つまり、この際の自衛隊は「警察の応援」であり「軍事組織」としての権限は与えられていません。あくまでも「重装備を持った警察」であり、「武力の行使」ではなく「必要に応じた武器の使用」が許可されるのみ。
犯人が武器を持っているのを制圧する、凶悪犯が逃亡するのを防ぐ、こういった事態で拳銃を撃つ警察官と、法的な意味合いは一緒なのです。

対して「防衛出動」が発令されると、自衛隊は政府から「日本国の軍事戦力」としての役割を与えられます。

ただし、防衛出動を発令するのには相応の根拠が必要になります。

武力攻撃事態

現行法において、防衛出動が発令されるのは「武力攻撃事態」または「存立危機事態」、このどちらかのみです。

武力攻撃事態は「日本国に外部からの武力攻撃が発生した」→個別的自衛権
存立危機事態は「友好国への外部からの武力攻撃が発生した」→集団的自衛権

と解釈することが出来ます。すなわち防衛出動の発令とは「自衛権の行使」なのです。

ただし防衛出動が発令されても、武力行使はイコールで許可されません。
武力行使に際しては「必要最低限」と決まっているためです。

武力攻撃逼迫事態

武力攻撃事態は、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律、通称「事態対処法」において、大きく2つに分けることが出来ます。

武力攻撃が既に発生した場合と、武力攻撃が発生する可能性が非常に高いと判断させる場合です。

今回、4月18日に報道のあった「武力攻撃逼迫事態」は後者にあたり、同法における武力攻撃事態の定義では”武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態”とあります。
法律上は存在しない言葉ですが、政府答弁などで使用されているため、事実上これが略語となっています。

ただし武力攻撃逼迫事態においては、武力行使は許可されません。

これは内閣総理大臣の国会答弁でも明言されており、武力攻撃逼迫事態においては防衛出動は発令するが、武力の行使は制限されるというのが、現行政府の認識です。

広告



武力行使しないのに防衛出動を発令する意味

武力行使を行わないのであれば、何故に防衛出動を発令するのかと疑問に思われるかもしれませんが、防衛出動は「日本国政府として国を守る戦闘状態に移行する」という意思表示であり、武力行使以外にも自衛隊に対して多くの権限と役割を与える命令なのです。

日本は素晴らしい国で、国民に多くの自由が保障されています。
しかし自衛隊の行動を最優先とすれば、当然個人の自由は大きく制限されることになりますが、防衛出動が発令されるというのは「個人の自由に制限を掛けてでも、国防を最優先とする」という重大な決断になります。

大きな特徴の1つが自衛隊法第103条において規定される「物資の収用等」です。

防衛出動が発令されると、必要に応じて私有財産や私有地なども都道府県知事を通して、国が収用(国が使うために買い上げること)することが可能になります。
また私有地において樹木などが存在して行動の支障となる場合には、それを移動、または撤去したり、家屋を改造したり、医療・土木・輸送従事者などには、政府が指示する仕事を最優先で行いなさいと言うことが出来るとも法令においては規定されています。
(実際には防衛大臣や知事などの判断が入ることになりますが)

また、防衛出動が発令されると、自衛隊および警察は道路封鎖を行う権限が与えられます。
例えば陣地構築予定地まで、トラックを速やかに移動させる必要がある、戦車を公道上で移動させなければならない、こういった事態において防衛出動が下命されていると、災害発生時などと同様に「自衛隊・公共車両専用」で道路を使うことが出来るのです。

防衛出動発令により、移動の大変な自衛隊車両の為に、道路を優先的に使用出来る

防衛出動発令により、移動の大変な自衛隊車両の為に、道路を優先的に使用出来る

また空地などを自衛隊が移動することも出来るようになります。例えば、部隊展開の為に農地や公園その他などを突っ切った方が速い場合、防衛出動以外では、これを通ることは許可されていません。

しかし防衛出動になると、移動の為に必要であれば、これらを使用しても良いと規定されており、仮に損失(農作物がダメになったなど)があれば、それは国が補償を行うことになっています。

10tank

さらに防衛出動が発令されると、同時に治安出動などにおける権限も付与され、警察官職務執行法における警察官の権限が、治安維持活動にあたる自衛官にも与えられます。
(防衛出動時の公共の秩序の維持のための権限として規定されています)

国内における、いわゆる「不穏分子」の活動を抑制する意味でも、自衛隊が展開して治安維持行動にも従事出来るというのは、大きなメリットなのではないでしょうか。

他にも陣地構築が可能になったり、色々と規定がありますが、大きくまとめると防衛出動の発令とは最初に書いたとおり
「日本国政府として国民を守る為に、自衛隊の任務遂行を最優先する宣言を行う」
ことであると考える事ができます。

武力攻撃逼迫事態とする判断は妥当か

領海内にミサイルを打ち込まれたのであれば、武力を行使するべきではないのか?という考え方も当然ながらあると思います。
ただし、専守防衛を原則とする自衛隊においては、敵地攻撃能力は現段階で保有していませんので、武力行使命令を発令したとしても、打てる手がないでしょう。
爆装したF-2などを向かわせても片道特攻になってしまいます。

また武力を行使することは即ち自衛権の行使であり、国際社会においても相応の責任が求められます。

そうなると、現行のミサイル破壊措置命令から一段階進んだ体制に移行する根拠として「領海内に落ちたら日本は防衛出動を発令して、いつでも武力を行使する準備を整える」というのは、合理的というか落としどころとして妥当では無いかと思います。

筆者は北朝鮮情勢は正面衝突の開戦には至らないという持論ですが、同時に突発的な事態に備えて危機感は必要との認識です。

何も起きなければ何よりですが、我々も「有事の際には何が起きるのか」「自分たちは誰の指示で、どう動けば良いのか」など、確認することが求められていると思います。

リンク:内閣官房 国民保護ポータルサイト

参考資料
内閣官房国民保護ポータルサイト
参議院答弁
自衛隊法等関係法令