何故ヘリは速く飛べないか

何故ヘリは速く飛べないか

何故ヘリは速く飛べないか

航空機の技術は、第二次世界大戦から冷戦を経て、凄まじいスピードで進化を続けています。

ターボファン・ターボプロップエンジンの開発による、高燃費での亜音速飛行。
機体の大型化、省エネルギー化、安全性の向上etc…

しかし一方で変わらないものも幾つかあります。

例えば旅客機の巡航速度は、ジェット旅客機が本格的に運用開始されて以降、ほとんど変化していません。
(ボーイング707でM0.8、同じくらいの乗客数でB737の最新型はM0.78)
これは言わずもがな「音速」の存在によるものです。
音速を超えるか超えないかで、機体・エンジンの設計は大きく変わり、乗客数の制限や燃費の大幅な悪化などを招きます。
現代の流体力学では、得られるメリットに対してコストが掛かりすぎるのです。

もう一つ代表的なものに「ヘリコプターの速度」があります。

ヘリコプターが本格的に運用開始されたのは、1950年代ベトナム戦争の時代におけるUH-1になりますが、当時から現代に至るまで巡航速度は200km/hから250km/h前後、最高速度は300km/h前後でほとんど変化がありません。

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エンジンの高出力化や効率の向上は絶え間なく行われてきましたが、それによって生まれた新たな出力は、専ら積載量の増加や飛行特性の向上などに当てられてきました。

何故、ヘリコプターはこれ以上、速く飛べないのか。
解説していきたいと思います。


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ヘリが前に進む原理

ヘリコプターがエンジンで回すものはローターブレード+テイルローターだけであり、ローターブレードが機体軸に対して垂直な状態にある時、ブレードが生み出す揚力は上方向にだけ働きます。
(エンジンの排気も、推力としてはほとんど作用しません)

つまり、この状態では重力で落ちようとする力に対して浮き上がろうとする上下の運動しか出来ません(要はでっかい竹とんぼと一緒です)

これを前後左右の力に変えるには、どうすればいいかというと「揚力の軸を傾ける」必要があります。

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大雑把に書いてしまうと、こういうことです。
ローターを地面と水平の状態から変化させることで、その揚力の一部を「前後左右に進む力」に変えることで、任意の方向へ進めます。
ちなみに機体を傾けるのは「スワッシュプレート」というパーツを用いて、コネクティングロッドを介してブレードの角度を変化させます。

大雑把に書くと「ブレードのピッチ角(仰角)を変化させることで、わざとアンバランスな状態を生み出す」という機構です。

さて話を元に戻しましょう。

つまり、ヘリコプターは何か前に進もうとする推力を個別に持っているわけではなく、重力に逆らって宙に浮かぶ力の一部を偏向させて前後左右に移動しているわけです。
エンジンの推力を全て「前に進む」ために使っている固定翼機と、一部しか前に進むために使えないヘリコプター、ここが大きな違いです。

積めるエンジンの大きさが同じなら、当然固定翼機の方が容易にスピードを出せます。

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ヘリのブレードでは揚力不足と超音速が同時に起きる?

ヘリが前に進む理屈に加えて、最高速度を大きく制限しているのは

「ローターブレードは水平方向に回転している」

という、ヘリコプターの原理そのものに由来する要因です。

米国製ヘリコプターはローターブレードが反時計周りで設計されています。
つまり、機体の左側はブレードが後方に、右側では前方へ進んでいます。
欧州製のエアバスやAWを考える場合は、回転方向が逆なので、以降の説明は左右を逆転させて考えて下さい。

機体自体が前進しながら飛んでいると、左側は前進速度の分だけ、ブレードと空気の対気速度が遅くなり揚力が減少します。
逆に右側は対気速度が増して揚力が増す反面、不安定な音速域へ達しやすくなります。

巡航速度内で飛行している時でも当然、生じる揚力には差が生まれています。
なのでローターブレードは回転しながら、飛行速度に応じてブレードのピッチ角を左右で周期的に変化させて機体を安定させているのです。

しかし調整するにも限界があります。
速度が上がれば上がるほど揚力を失う機体左側では、ブレードの仰角を大きくすると、いずれ失速に達して揚力を急激に失ってしまうためです。
また右側では遷音速域に達してブレードが大きな抵抗を受けたり、不安定な挙動をするようになります。

こうなれば、ヘリコプターは安定して浮く事すら出来ません。

即ち、このブレードのピッチ角で調整出来る範囲を超えたところが前進速度の限界なのです。

ブレード形状や制御の工夫で、ある程度は改善することが出来ますが、旅客機が音速を超えないのと同じで、経済性・利便性・安定性などの面から
「なら、安定した飛行が出来る速度で飛べばいい」
というのが現状です。

現在、二重反転ローター+推進用ローターのS-97レイダーなど、この速度の限界を超えたヘリコプターを生み出す開発は進められています。ユーロコプターX-3では400km/hを超えた飛行を数分間継続したという記録もあります。
しかし当然、複雑な機構を有するためコストは従来のヘリを大きく超えると思われ、これを必要とするのは極々限られた用途になるでしょう。

「音速の壁」という言葉がありますが、飛行機の進化にとって音速はまさに立ちはだかる大きな「壁」であって、それを乗り越えることは容易ではないのです。