今年末の防衛大綱改定に向けて、海上自衛隊に『多用途防衛型空母』の構想が盛りこまれるであろうことが何かと話題になっています。

従来、自衛隊が空母を持つのは過剰な装備であると言われてきましたが、ここに来て何故『空母』なのか。

自衛隊に空母が必要になる訳を考えていきます。

本土防衛よりも
海への進出

自衛隊は従来、日本国の領土・領海・領空を防衛する本土防衛を基本としてきました。
海上自衛隊も艦艇のサイズや規模を考えればブルーウォーターネイビー=外洋海軍とも言えますが、兵站・補給体制などを考えれば実態は地域・沿岸海軍です。

これは戦後の安全保障における日米同盟の中で「日本は自国本土の防衛に専念し、米国がその他を担保する」というのが基本となってきたためと言えます。

一方で日本という国が正常に機能するには特にシーレーンと呼ばれる『海』が安全に航行出来ることが不可欠で、この防衛も日本にとっては非常に重要な課題ですが、日本から遠く離れた海の安全は日米安保に大きく依存して今日に至ります。

この形が今後も未来永劫維持できるなら、日本に空母など必要ないでしょう。

問題は、それが維持できない時期に差し掛かっているということです。

何故、本土防衛は
維持出来ないか

まず一点が中国海軍の台頭、それに伴う米国の相対的な影響力低下。

中国海軍は米国の空母打撃群に匹敵する規模の艦隊を整備しつつあります。
仮にこれがシーレーンを日常的に作戦行動可能な体制が整えられた場合、世界最大規模と言われる米海軍でも相対的な影響力低下は避けられません。
足りない分を補う為には、日本が自ら何らかの手段でシーレーン防衛に乗り出す必要があります。

もう一点は、日本という国がこれから『縮小』の時代を迎えるということ。

本土防衛型の軍事力は陸軍を多く必要としますが、軍事において最も人的資源を要するのが「陸軍」です。
陸海空自衛隊を見ても、海と空が5万人規模に対して、陸が15万人と飛びぬけて多くの人員を有しています。

しかし日本の人口は今後、確実に減少に転じ、更に高齢化社会となります。
内閣府の高齢社会白書によれば30年もしないうちに人口は1億人を下回り、更に15歳~64歳の世代も1990年には8590万人だったのが、2030年には6875万人、2040人には5978万人に達すると予測されています。

これで陸上自衛隊15万人を維持できるか?無理でしょう。

無理に自衛隊に人を集めれば、今度は経済を支える働き手が不足します。

どれだけ防衛に力を注いでも、国の経済が倒れたらどうしようもないのです。

これらの問題点を解決する方法として『空母』というのは1つの答えなのです。

空母が果たす役割

自衛隊が持つ空母に求められる役割は大きく分けて

  • 仮想敵国との交錯点を本土から遠ざける
  • 共通の利益を持つ海洋国との協調

という2点が挙げられると思います。

日本が自国の利益の為に「開かれた海」を求めるように、中国にとっても海・シーレーンは国の更なる発展の為に求める対象です(いわゆる一帯一路戦略)。

故に日本がシーレーンに戦力を割くようになれば中国もそれに対して何らかの対応を迫られます。

そして、それが日本から離れたところになるほど中国は自国の戦力をそちらに指向せざるを得ない→日本本土への脅威となる戦力を削らざるを得ません。

今まで陸上自衛隊の保有戦力により達成していた拒否的抑止力を削る分、相手の戦力を別の場所に指向させることで本土への脅威を減らすというのが、空母に求められる役割の1つと言えます。

もう1点は国際的な「協調」。

日本が仮に空母を持ったとしても、それだけで広大な海を見回ることなど出来ません。
しかし一方で世界には日本と同様に「開かれた海」を求め、外洋海軍を有する海洋国家が多数あります。

今後の日本は、これらの国と積極的に交流を図り、欧州のNATOのような「開かれた海を守る同盟」による防衛にシフトすると思われます。

その中で、ある種の同盟の象徴的な存在とでも言うべき装備が「空母」となり得ます。

当然ですが、一国で脅威に立ち向かうよりも、各国との同盟関係による安全保障の方が自国の軍事力は少なくて済みます。

筆者自身10年、いや5年前の自分に「日本が空母を持つ」などと言っても世迷いごとだと信じないと思います。

しかし様々な報道や装備品の調達など、点を結んでいくと見えてくる未来像の中で「空母」というのは1つの選択肢として十分ありえると思うようになってきました。

当然、この安全保障の未来像にはデメリットもあります。各国と協調路線を進むということは、外国の事情に巻き込まれるリスクが避けられません。

しかし防衛力・軍事力の本質は「備え」であり、有事を未然に防ぐ事という視点から考えれば、リスクを抱えてでも未来の有事を事前に防ぐことは合理的なのかもしれません。