HARUKAZE

自衛隊・ミリタリーに魅せられて

病気で会社を『自主退職』させられた話。我慢の結果、失ったもの。

4月から新しく社会人になる皆様。

まずは就職・入社おめでとうございます。

筆者が社会人になったのは、もう10年近くも前の話。
ちょうどリーマンショックやら「内定切り」などという言葉が出て政権も変わった波乱の時代に、社会人としての一歩を踏み出しました。

しかし新卒で入った会社に今、私はいません。

これから社会人としての生活を歩む皆様に同じ失敗を繰り返して欲しくないという想いから、私が会社を『自主的に』辞めた時の経験談を記します。

過労とストレスで闘病生活へ

新卒入社からおよそ3年後、初めての人事異動がキッカケとなり筆者は健康を失いました。

くだらない社内政治のツケで、まともな引継期間も貰えずに前任者の業務を丸投げ。10年目の先輩社員がやっていた仕事を3年目の自分が引き継ぐのに、与えられた期間は僅かに3日。それも前任は会社から遠く離れた場所に出向するので、異動後に教えてもらう機会は皆無。

そんな異動が上手くいくはずもなく。
連日、手探りで仕事に追われ日が変わるころに帰宅。36協定を超過する時間外労働。

(36協定違反の件については、労基署から会社に是正勧告が下っています故、それをこの場で追求する事は致しません)

激務による過労と、このままこんな日が続くのかという絶望感から徐々に正気を失う日々。

1ヶ月目には不眠症のような症状が出始め、2ヶ月目には歩くのすら困難に。
それでも歯を食いしばって、足を引き摺るように会社へ向かいましたが、集中力も続かない状態では何も上手くいかず、不安・恐怖で潰されそうになる毎日。

ふと自分の手首を見て机のカッターナイフを持ち出し、トイレに行って喉が嗄れるまで子供のように泣いたこともありました。

3ヶ月が経つ頃、藁にも縋る思いで駆け込んだ病院。

「うつ病」

それが診断名でした。

その後、約2ヶ月の休職を経て復職。

しかし僅か3ヶ月で壊れた心、主治医から「もう大丈夫」の言葉を貰うまでに、およそ5年の歳月を費やしました。

「激務でも残業代が出るなら稼げるからいい」

こんな言葉をしばしば聞きます。

でも、自分は激務で得た残業代は、その大半が治療費に消えました。

他にも遥かに割高な保険にしか入れなかったり、稼いだ残業代なんてとっくの昔に全て消えているでしょう。

そして仕事を変えたことで、年収も50万近く下がりました。

・・・そう、冒頭にも書いたとおり、私は自分を病に追い込んだ会社に今いません。

では、私が何故、会社を『自主退職』するに至ったか。

その経緯をお話しましょう。

医者を脅す専務

闘病中の会社のスタンスはとにかく「放置」であり、復職してからというもの、一度も面談の機会すら設けませんでした。

しかし、それでも主治医のお医者様やカウンセラーの方にも大変よくして頂き、薬を服用していれば仕事も差し支えないというレベルまで回復していました。

しかし、もうすぐ服薬も止めれるというところまで来ていたある日、厄介な相手に目を付けられることになります。

専務取締役の田口(仮名)氏。
会社の中でも特にメンタルヘルスに関する問題を「精神論」で語ろうとする、化石レベルの思考の持ち主。

その田口にいきなり呼び出され、2時間近く会議室に閉じ込められました。

「うつ病なんてものは存在しないんだ!」
「お前の医者はヤブ医者に決まってる!」
「残業が多いから体を壊した?皆それくらい頑張ってんだ!」

ボロクソに言われた後、主治医と直接話をさせろと強引に同意書を一筆書かされました。

それから数日後のことです。

定期診断の際に主治医から「休職の診断書を出すので、しばらく休みなさい」といきなりの申し出。

理由を聞くと、案の定、田口の仕業でした。

自分が書いた同意書を盾に電話を掛けてきて
「あんな奴は休職にしろ!休職にしないならクビにする!」
とクビをチラつかせて、強引に意見を押し付けてきたとのこと。

こうして自分は「専務が脅しで書かせた診断書」で、休職に入ることになるのです。

なお当時はまだ通院加療中で診断名も付いている状態であった為、お医者様は「嘘」を書いたわけではありません。その旨、お世話になりましたお医者様の名誉の為に申し添えておきます。

復職後の田口の
第一声は罵声だった

休職の診断書に田口が納得したのかは分かりませんが「休職」である以上、その期間が終われば戻らねばなりません。

お医者様に「業務への復帰が可能である」との診断書を貰い、会社に戻ったわけですが、やはり田口は黙っていませんでした。

「医者が大丈夫って言ってるから戻ってきたなんて、ふざけてるのか!!」
「俺は医者の意見が聞きたいんじゃない!お前がどうするのか言ってみろ!」

復職後の田口の第一声は、体調を気遣う声ではなく、罵声の嵐でした。

今思えば、田口が主治医に休職の診断書を書かせたのは「休職期間満了による解雇」を狙ったものだったのでしょう。

事実、休職期間中に人事部も主治医に連絡してきて「円満退職させる方法」を遠回しに聞いてきたそうです。

病気で解雇したとなれば世間体が悪いが『休職期間満了』なら就業規則に基づく正当な会社都合解雇になる。世間体を気にして保身に走るのが大好きだった、あの会社らしい考え方です。

『自主的』な退職

今思えば、ここで法律の専門家などの力を借りれば、会社とやり合うことも出来たでしょう。医師が「復職可」と診断書を出している以上、会社はそれを尊重しなければならないのですから。
何より医者を脅して会社に都合の良い診断書を書かせたなど、あってはならないことでしょう。

しかし、復職後に罵声の嵐を浴びた自分はショックから一時的に症状も悪化し、最早会社と争う体力は尽き果てていましたし、事実上「お前は会社から出て行け」と言われているようなものだと思いました。

その3日後、自分は「病気のため、退職します」と退職届を上司に提出。
新卒入社以来、通い続けた会社を『自主的』に去りました。

なお、新しい仕事も見つかり気力が回復してから会社に対して「退職に至る経緯に問題があったと思わないのか?」と質問状を送りつけましたが

「お前が退職届を出したから、会社は受理した」

の一点張りであり、その後は内容証明郵便の受取すら拒否されています。

新社会人の方へ

以上が私が新卒入社した会社を辞めたときのエピソードです。
なお個人特定を防ぐために、意図的にボカしている部分もあることはご容赦ください。

結局のところ、会社ってこういうものなのです。

組織を守るためなら、一個人の人生がどうなろうが知ったことじゃない。
倫理も道徳も無く、ひたすら組織を守ろうとする。

先にも書いたとおり、私は病を克服するのに5年の歳月を費やしました。

そして病を抱えながらの転職。準備期間も無かったので、労働条件は前の会社より大幅に悪くなっています。

更にいつ何時、爆発するか分からない『再発』という爆弾を抱えて生きなければいけません。

一方で私を病に追いやるほど働かせた管理職は、部長に昇進して高給取りになっています。また専務・田口は退任後、系列会社の顧問だか相談役になって優雅な生活を送っているそうです。

私は『組織』というものの醜悪さを甘く見すぎていたのかもしれません。

最後になりましたが新社会人の皆様。
「働く」のは生きていくうえで必要なことです。
働くのは決して楽なことばかりでもありません。

でも決して会社に『人生の舵』を預けないでください。

あくまでも「自分の人生は自分のもの」。他人に舵を握らせることほど愚かなことはないのです。
舵を握った「誰か」は、貴方に船を漕がせるだけ漕がせて、船が沈み始めたら貴方を足蹴にして真っ先に逃げるのですから。

新社会人の皆様が、健康な日々を過ごされますこと、また良き船出となりますことをお祈りして、結びの言葉としたいと思います。

 

投稿時、表記の乱れなどがあったため、後から一部修正を加えましたことをお詫び申し上げます。



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