どれだけの坂道・急斜面を登れる?戦車・装軌車の登坂能力

どれだけの坂道・急斜面を登れる?戦車・装軌車の登坂能力

圧倒的な走破性能を誇るキャタピラを履く戦車。

タイヤでは到底走破出来ないような路面でも、その高い走破能力で走り抜けることが出来ます。

そんな戦車は、どれだけの急な坂道・斜面を走り抜けることが出来るのか。

各種資料より調べてみました。


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約31度が限界

現代の戦車の登坂能力は、概ね31度が限界であるとされています。

では昔の戦車はもっと低かったのかというと、そういうわけでもなく。

第二次世界大戦後の戦車では、M4シャーマン戦車で31度、M41ウォーカーブルドッグでも31度、61式戦車でも31度と、ほぼ全ての戦車において「31度」という数字がカタログスペックとして明記されています。

ちなみに31度と書くと非常に中途半端ですが、角度の表記をパーセントに直せば、この値はちょうど『60%』です。

つまり戦車の登れる坂道は「60%」の傾斜なのです。

なお、60%の角度がどれくらいかと言われてもピンと来ないかもしれませんが、国土技術政策総合研究所の資料によれば

  • 道路の設計基準の最大値:12%
  • コンパクトカーの登坂能力:35%
  • 東京都内に存在する急斜面:25%

(国土技術政策総合研究所 研究資料より)

つまり60%の斜面は、車が通る場所であれば、まず街中には存在しません。

なお、急斜面の一例として、街中にある歩道橋。

これは50%の角度を最大とすることが、国交省の決めた基準で定められています。戦車が登れる60%の斜面は、これよりも更に少し大きな角度ということです。

なお、この試験を行う条件としては

  • 路面はアスファルト舗装が施されている
  • キャタピラは公道走行用のゴム履帯を装着

という条件が付されています。

なので、不整地・滑りやすい路面などの条件下では、更に走破出来る角度は小さくなります。

試験には上記のようなテストコースを使うようです。
(防衛庁規格・D1022Bより)

なお、このテストコースは、その設置されている地名にあやかり『千歳登坂路』の名前が付けられているとのこと。設置場所は防衛装備庁・旧技術研究本部の千歳試験場です。

何故、60%・31度の
登坂能力が標準なのか

第71戦車連隊長も経験された元陸上自衛隊・機甲科幹部の木元寛明氏は著書の中で以下のように述べられています。

演習などで斜面にぶつかった場合、小隊長・車長は下車して自分の足で歩き、戦車が登れるかどうかを判断します。個人的な基準ですが、人間が歩ける斜面は戦車も登れるようです。
(サイエンス・アイ新書 戦車の戦う技術 P.80)

つまり、60%・31度の傾斜というのは概ね「人間が歩行可能な斜面」と一致するようです。

現代の機甲戦において随伴歩兵の存在は欠かせません。

戦車は重火力・重装甲を誇る圧倒的な存在ですが、小回りが利きにくく死角も多いので、逆に小回りと視界の自由度が高い「歩兵」と一緒に行動する必要があるのです。

と、いうことは人間が歩いて行動するのに支障が出る地形を、戦車だけが走破出来ても何ら意味がありません。

あくまでも推定ですが「随伴歩兵の行動に支障が出ない傾斜で、重量などの設計上、合理的な値」が60%・31度という値なのではないかなと思います。

実は高機動車も登れる

では、この60%・31度の斜面は戦車しか登れないのかというと、自衛隊車両では高機動車が、同じだけの斜面を登る能力が仕様書で求められています。

試験方法が防衛省規格ではなく、民間車両用のJIS規格という違いはありますが、概ね戦車が登れるのと同じ路面を高機動車でも登れるようです。

戦車だけがずば抜けて高い能力を持っている、というわけではないようです。

※参考資料

  • 陸上自衛隊機甲科全史(著:菊池征男)
  • 戦車の戦う技術(著:木元寛明)
  • 防衛庁企画D1022B
  • 陸上自衛隊仕様書 高機動車
  • 国土技術政策総合研究所 研究資料
  • 立体横断施設技術基準および道路標識設置基準について