空中消火のメリット・デメリット

空中消火のメリット・デメリット

先日発生しました、新潟・糸魚川の大火事。

幸い死者は出ていないようですが、年の瀬に大変な惨事に遭われた方々が、せめて暖かく年を越せる事を願っております。

さて大規模な火災が起きると「空中消火」の実施についての意見が出ます。

今回は、主にヘリを用いた空中消火について、解説したいと思います。


コミックマーケット献血応援イベント

空中消火最大のデメリット
⇒運べる水の量が少ない

写真はUH-1J汎用ヘリに水を溜めるバケットを吊り下げて、空中消火の実演を行っているところです。
(立川駐屯地・防災航空祭より)

かなり派手に水を撒いているように見えますが、実は水の量は多くても【700L】しか入っていません。
(販売元のHPによれば680L、または795L。しかし防衛省のHPによれば約0.5トンとあるので、ヘリ運用上の都合で満載まで入れていない可能性もあり)

家庭用の浴槽が200L~250Lと言われているので、浴槽3~4杯分の水しか積めない計算になります。

ちなみに、学校でほとんどの人が見かけたであろう「消火栓」。

消火栓(1号)の放水能力は最低値が130L/minなので汎用ヘリで運べる水の量は消火栓を使っても【約5分】で放水出来る計算になります。

また天井に設置されているスプリンクラーからの放水量も1分に50Lはありますので、ヘリ1回で撒く水の量はスプリンクラー1箇所10分少々と変わらないということになります(実際には複数のヘッドから放水されるので、1分間で100L以上は放水されます)

つまり汎用ヘリを用いた空中消火で火災現場に投入出来る水量は、往復時間や注水時間を考慮すれば、一般人でも使える消火栓やスプリンクラーと大差無いのです。

なお一部の消防ヘリにはファイアアタッカーと言われる胴体下部取り付け型の消火装置がありますが、中型ヘリの場合はこれでも900Lほどの搭載能力です。

 

では双発大型ヘリのチヌークならどうか。
(写真:三沢基地所属空輸隊)

dsc_4138

汎用ヘリに比べると桁違いの水量を積む事は出来ますが、それでも積載できる水量は【約7500L】が限界と言われています。
(野火消火器材Ⅰ型及びⅡ型が存在するが、どちらも容量7500L)

流石に消火栓やスプリンクラーと比較すれば、大量の水を一回に放水する事が出来ますが、では【消防車】と比較するとどうか?

消防車の放水能力はポンプ性能により左右されますが、一般に1本のホースで毎分500Lほど、2000Lの水槽が4~5分で空になると言われています。

つまり大型輸送ヘリを用いても、消防車の放水量15分前後と大差無いのです。こちらも往復の時間や給水時間を考えると、消防車の方が放水量は多くなるでしょう。

また特に家屋火災では「何処に水を撒くか」「ストレート放水か、噴霧放水か」など放水には非常に細かな技術を必要とします。
対してヘリからの放水は言ってしまえば、上から「大雑把」に水を撒くだけです。

加えて消防車は水源・燃料・人員さえ確保できれば、放水を継続投射することが可能ですが、ヘリは一度放水すれば帰還⇒給水⇒再放水の繰り返しになります。

実際に消防組織などが模擬火災を起こして実験を行っても、空中消火による放水は一時的に火勢を抑えることは出来るが、延焼を鎮圧することは難しいとの結果が出ているそうです。強力な炎を押さえ込むには、それだけ継続的な大量の放水が必要なのです。

では空中消火のメリットは?

非常に高い放水能力を持つ消防ポンプ車ですが、当然欠点もあります。

まず放水を行うためには「水源」が必要です。
一部、自ら水槽を持つタイプもありますが、フル出力での放水ならば10分も待たずして水が無くなってしまいます。

水槽車と言われる専門の車両もありますが、これでも水量は10000L。
全力で放水すれば1時間も持続出来ません。

なので一般には「消防水利」と言われる地下貯水槽などの水を使用します。
住宅地などでは、都市計画としてこの消防水利が一定範囲内に用意されていることがほとんどです。

しかし消防水利を確保できない地域では、消防の活動には大きな支障が出ます。

また高性能なポンプ車ほど、当然重量は重く、車体も大きくなりがちなので「移動」に制限が生じてしまいます。
どんなに高性能な消防車両でも、現場に到着できなければその性能を発揮する事は出来ないのです。

対してヘリコプターはどうか。

ヘリコプターによる空中消火であれば、利用できる水源が数km離れていても自らが水を持って移動することで放水を行うことが出来ます。
また、当然空を飛んでいきますので、移動に際して地形の制限はほぼありません。

空中消火最大のメリットは、ここにあります。

また先ほど、ヘリによる放水は「一時的に火勢を抑える」とありましたが、逆を言えば一時的にでも場所を選ばず火勢を抑えることが出来るのはヘリだけです。

dsc_7319

即ち、水源や道路が整備されている環境であれば消防車両によるポンプ放水に圧倒的な分がありますが、それらが期待出来ない環境、例えば山火事などではヘリコプターの機動性が有利になるのです。

ただし空中消火に用いる水源は、基本的に「淡水」となります。
海水を山林や市街地に撒いてしまうと、塩害の問題が非常に大きいためです。
海水による塩害の力は凄まじく、余程の事が無い限り、これを投入するというのは二次被害が無視できないレベルになります。

これはちょうど陸上兵器による攻撃と航空攻撃の関係性と同じことです。

dsc_2507

重火器・火砲による攻撃は、圧倒的な火力と継続投射能力を有していますが、展開の為には地形による移動の制約が大きく関係してきます。
また、常に補給の為に背後連絡線=補給線と、補給拠点を意識しなければなりません。
これは道路と水源を必要とする、消防車と同じことですね。

dsc_0480

対してヘリ・航空機による攻撃は補給拠点から離れた場所に対して、地形の制約を受けずに行う事が出来ますが、その投射量は砲兵や戦車のそれに比べれば限定的です。
当然、弾を撃ち尽くせば速やかに帰還しなければなりません。

これらの「陸」と「空」の関係性は、消火活動にも適用出来ますね。

空中消火に関するヘリの雑学

ダウンウォッシュの影響

“市街地火災における空中消火技術(消防大学校)”の資料によれば、20kt程度の速度で飛行していれば高度200フィートくらいを保っている限り、地上への影響は無いに等しいそうです。
ただしホバリングに入ると、汎用ヘリサイズでも300ftあたりから気流に変化が見られるということで、基本的に空中消火はホバリングではなく、一定速度で飛行しながら行うのが基本計画とされています。

上昇気流の影響

上昇気流よりも、ヘリにとっては火災で巻き上がる「熱」が厄介になります。
ブレードが生み出す揚力は空気の密度によって変化します。
そして空気の密度は「温度」によって変化するので、強い熱を受けているエリアでは空気密度も不安定になり、場合によっては瞬間的に失速する可能性もあり得ます。
火災現場上空を飛ぶということは、かなりリスクの高い飛行だと言えます。

日本で空中消火を行うのは?

各都道府県の防災ヘリコプター、消防ヘリコプターなどもありますが、やはり搭載量に限界があるため、大型のヘリを運用出来る自衛隊に災害派遣の依頼が来る事が多いです。

陸自・空自のイメージがありますが、海上自衛隊のUH-60ヘリコプターも派遣要請を受ければ森林火災対応などに出動しています。