スクランブル≠領空侵犯。領海侵入≠領海侵犯。領空と領海のお話。

スクランブル≠領空侵犯。領海侵入≠領海侵犯。領空と領海のお話。

国家の三要素は主権・国民、そして『領域』と定義されるほど国にとって大事な領土・領海・領空。
領土は陸地、領海は海岸線より原則として12海里、そして領空は領土と領海の上の空。

これらを常日頃から守ることは言うまでもなく国としての重要な務めです。

しかし一方で『領空侵犯』や『領海侵犯』という言葉が度々一人歩きしているのも見かけます。

何かと不安定な昨今、領空や領海について今一度、解説してみたいと思います。


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スクランブル発進が
領空侵犯とは限らない

北は北海道、南は沖縄。各地の航空基地で年中無休の状態で待機している航空自衛隊の戦闘機による緊急発進・スクランブル。

正確には『対領空侵犯措置』という名称で、自衛隊法の第84条により航空自衛隊に与えられている任務です。
(以降、分かりやすくするためスクランブルと記述)

スクランブルについて防衛白書には以下のように記述されています。

空自は、わが国周辺を飛行する航空機を探知・識別し、領空侵犯のおそれのある航空機を発見した場合には、戦闘機などを緊急発進(スクランブル)させ、航空機の状況を確認・監視しています。さらに、この航空機が領空を侵犯した場合には、退去の警告などを行っています。
(平成30年度防衛白書より)

ここで重要なのはスクランブルの対象が『領空侵犯機』ではなく『領空侵犯のおそれのある航空機』というところです。

冒頭にも書いたとおり日本の領空は領海と同じ広さなので、海岸線より原則12海里と定められています。12海里=約22km。亜音速で飛行する航空機ならインスタント麺が出来上がるより早く到達出来てしまう距離です。
よって領空侵犯を確認してから戦闘機を発進させても到底間に合わないので『領空侵犯するかもしれない』という疑いの時点で発進命令が下ります。

では、領空侵犯のおそれのある航空機というのは、どのように判断しているか?その基準の為に設けられているのが『ADIZ:防空識別圏』というエリアです。

(平成30年度防衛白書・第2節より画像引用)

上の図では青線が領空、赤い線が防空識別圏です。自衛隊では各地のレーダーサイトが防空識別圏内を飛行する航空機を常時監視しています。

この中でフライトプラン(飛行計画)を提出している航空機(定期便の旅客機など)、事前に連絡を入れている航空機などを『確認の取れている航空機』として省いていきます。

そして所属や飛行目的が不明な機体を『国籍不明機・未確認飛行物体』と判断して、必要であればスクランブルの戦闘機を発進させているのです。

なお、その対象は近隣国の軍用機に限らず、例えばハイジャックなど不測の事態で予定の飛行経路を外れた旅客機などがいれば、当然対象になり得ます。
(過去にハイジャック機に対し戦闘機が発進した事例が実在)

大半は領空侵犯せず終わる

航空自衛隊がスクランブル任務を開始した1958年から2018年3月まで約60年の間、合計で2万7144回のスクランブルが行われています。

では、約2万7千回のスクランブルに対して、実際に領空侵犯に至った事例はどれだけあるか?

39件

です。

スクランブル1000回に対して1.4回。

ほとんどのスクランブルは、実際に領空侵犯には遭遇せず対象の確認(何処の国の機体かなど)、動向の監視、警告(日本の領空に近付いているので進路変更を促す)だけで戻ってくるのです。

(統合幕僚監部 報道資料 平成30年9月1日より)

(統合幕僚監部 報道資料 平成30年12月12日より)

離島を多く抱える島国である我が国の領海・領空は、想像以上に途切れ途切れになっており、例えば沖縄本島と宮古島の間にある宮古海峡は、ほとんどが『公海』です。
那覇基地からのスクランブルは連日のように行われていますが、その大半は宮古海峡の公海を『通過』している中国軍機に対してのものです。

公海(EEZも含む)の上空は、どの国も自由に飛んでよいというのが大原則となっています。
公海は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、すべての国に開放される。
海洋法条約で定められた、公海自由の原則です。

また防空識別圏には国際的な強制力は無く「余計な揉め事を起こさないために事前に連絡して欲しい」というニュアンスです。

日本周辺を故意に飛行して何かのデータ測定をしている、目的地へ向かう途中で日本の防空識別圏を通る、など飛行の理由は様々ですが、日本の領空ラインを超えずに公海上空に留まる以上、これに日本が抗議するというのは出来ないのです。

通過するのは自由
領海侵犯は複雑な定義

領空の場合は『領空に侵入』を以って直ちに領空侵犯と判定されますが、領海の場合には複雑な事情があります。

各国の領海は、その主権が及ぶ範囲とされますが、同時に『無害通航権』があらゆる国家に対して提供されています。

すべての国の船舶は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、この条約に従うことを条件として、領海において無害通航権を有する。
(海洋法に関する国際連合条約 第17条)

『無害=その領海の主権国の権利を侵害しないこと』、『通航=停泊や周回などをせずに通過すること』。
無害でない行為は、条約により定義されていますが、代表的なものとしては軍事行動(演習や訓練を含む)、あるいは漁業・掘削など領海内の資源を奪うものが挙げられます。

逆を言えば、それらに抵触する行為を伴わず、ただ単純に通過するだけであれば実は合法的な行為なのです。

この無害通航権には、実は『軍艦』も含まれます。

我が国としては、無害通航制度において、国際法上の義務として、外国軍艦に対し自国領海に入域する場合に許可を求め又は事前通報を求めることはないという立場をとっている。
(海上自衛隊幹部学校 戦略研究会 コラム113より)

なので事前の通報無しに他国の海軍や公船(日本で言えば水産庁や海上保安庁など船舶)が領海に入ってきたとしても『違法』ではありません。
(但し一般には無用な外交トラブルを防ぐために、慣習として事前許可を受けることが多い)

よって領海侵犯とは

  • 他国の船舶が領海内に進入
  • 国連海洋法条約で定められた無害通航に反する行為、または通航ではない停泊などの行為(その他、主権国の権利を害する行為など)

この2点を以って初めて成立します。

単純に侵入だけでは領海を侵犯したと言えないのが、領空侵犯との大きな違いです。

また相手が商船(貨物船・旅客船など)や漁船などの場合、主権国はその船が何かしらの違法行為を行っていないか、停船や立入検査を求めることが可能ですが、軍艦・公船の場合には『沿岸国の管轄権からの免除』が特権として定められており、同様の行為を行うことは出来ません。
但し『我が国が定めた法律を遵守せよ』と命じると共に、その命令に従わない場合には退去を求めることは出来ます。

 

一見すると、もどかしいようなルールですが、これらは日本だけが守るルールではなく『海は世界共通の資源』という大前提に則り各国が互いに守っているものです。

日本も他国に無害通航権を認める代わりに、他国の領海を通航する権利を享受しているわけです。

今後、日本は今以上に『海』に注力していくことになると思います。

その中で『国際的な海の決まり事を守る』というのは、とても重要なことになるのです。

※参考資料

  • 防衛省発行 各年度防衛白書
  • 軍事学入門(かや書房)
  • 海上自衛隊 幹部学校HPコラム
  • 外務省HP 海洋の国際法秩序と国連海洋法条約