南シナ海での潜水艦訓練の意図を考える
先日、海上自衛隊の潜水艦「くろしお」が南シナ海で訓練を実施、その後ベトナムの要衝に寄航した旨の報道がありました。
会見によれば、訓練自体はかなり以前から実施しているとのことですが、では何故このタイミングで訓練実施が報道されたのか。
その意図を考えてみます。
潜水艦の行動には
下準備が必要
水中に潜むことで高い隠密性を誇り「海の忍者」と呼ばれる潜水艦。
しかし潜水艦本体と乗組員が揃っただけでは、潜水艦を運用することは出来ません。
人が潜れるよりも遥かに深い深海の世界。光は届かず闇がどこまでも広がる中では水上艦のように目視による航行は不可能です。
(当然ですが潜水艦に窓はありません)
その為、水上航行から潜水に移行した後は慣性航法装置により知り得る情報を頼りに進むことになります。
しかし慣性航法装置で知ることが出来るのは「どの方向に、どれだけ動いて、今自分がどの辺りにいるか」という情報だけなので、周りの状況は何一つ分かりません。
そのため予め海中がどのような地形になっているか、障害物は無いか。
「海の中の地図」、海底地形図を予め用意して、それに沿って進路を決める必要があります。
また水中で唯一の情報源となる「音」にも厄介な点があります。
水中では音波は直進せず、海水温・塩分濃度など海水の特性により音波の進む特性も変化します。
特に急激な海水の変化を伴う場所では、音波伝播特性も大きく変わるので、音による情報を正確に扱うためには「海の中がどのような状態か」事前に調べておく必要があるのです。
こういった海底地形や海水に関する情報を収集する「海洋観測」が潜水艦の運用には欠かすことが出来ません。
海上自衛隊では、その為に専門の海洋観測艦を配備しています。
南シナ海の海洋観測情報を海上自衛隊がどのように手に入れたかは分かりませんが、潜水艦を動かせるということは少なくとも「下準備」が終わっているということを意味します。
ある海域で潜水艦の運用能力があることを示すというのは、それだけでメッセージとしては大きいものがあるのです。
近隣諸国との協力
潜水艦の運用において欠かすことの出来ない点として、もう1つ。
周辺の国との連携があります。
海上自衛隊の潜水艦は通常動力型としては大型とはいえ、その船体は決して長期艦の航行に向いているとは言い切れません。
食料・燃料などの定期的な補給、乗員の休養のことを考えると、潜水母艦または補給可能な港が作戦海域からそう遠くないところに必要となります。
更に緊急時のことを考えても、やはり作戦海域の近くに接岸可能な港があることが望ましいですが、機密の塊である潜水艦を着岸させるには、日頃からの外交・安全保障分野での協力が不可欠です。
今回、訓練の公表がベトナムへの親善訪問直前だったことを考えると
「海上自衛隊の潜水艦を南シナ海で受け入れてくれる港がある」
というメッセージもあったのではないかと思います。
潜水艦がいる意味
潜水艦の放つ長魚雷、その威力は絶大で空母・揚陸艦といった大型艦でも被弾すれば大ダメージは避けられません。
その為、海軍の艦艇が作戦行動を取る上で「潜水艦を探し出す」のは非常に重要度の高いミッションとなります。
しかし一方で、広大な大海原の中からソナーやMADを頼りに潜水艦を探し出すのは至難の技でもあります。
「もしかしたら潜水艦がいるかもしれない」
それを相手に信じ込ませることで、対潜哨戒という大きな負担を強いることが出来るのです。
今回の公表は、この「潜水艦がいるかもしれない」「海上自衛隊の潜水艦は南シナ海で作戦行動を取れる」という強い外交的メッセージを送ったものと考えられます。
もっとも、これで海洋進出をあっさり断念するほど甘い相手ではないと思いますが、少なくとも外交上のカードとはなり得ます。
相手に負担を強いるということは、それだけ交渉において優位な立場を得やすいということなのです。
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