4月に墜落した三沢基地のF-35Aについて、一部の報道などで墜落原因はパイロットが平衡感覚を失ったことによるもの、いわゆる「バーディゴ」であったことが報じられています。

改めて殉職されたパイロットの御冥福を祈るとともに、飛行機とは切っても切り離せない「バーディゴ」について解説してみたいと思います。

バーディゴとは

正式には空間識失調と呼ばれて、文字通り空間の認識を失っている状態。

即ち、自分がどちらを向いてるのか、どこに進んでるのかを脳が認識することが出来なくなっている状態です。

飛行機に限らず、水中で潜水をしている場合にも起こり得る他、条件が揃えば地上でも起こる現象ですが、今回は飛行機の場合に絞って解説していきたいと思います。

例えば自分では上昇していると思っていたら実際には下降していていきなり高度警報が鳴り響く、真っ直ぐ飛んでいると思っていたら実際には傾いており全く違う方向に旋回している、ということが起こりえます。

横や上下に傾いていれば重力で分かるのでは?と思われるかもしれません。
では皆さん、旅客機に乗っていて機体が旋回して傾いているのを感じたことはあるでしょうか?

恐らくほとんどの方が、窓の景色を見てれば気付くけど、機体が傾いているのを感じることはないと思います。

それもそのはずで、飛行機が高度を保ちながら旋回(水平旋回)している時、重力は足元に向かって真っ直ぐ掛かっているのです。

これが更に戦闘機などで動きが極端になると、宙返りをしていても足元に向かって重力が掛かっているということも極々普通に起こりえます。

自分の姿勢と重力の方向は飛行機においては一致しないのです。

特にバーディゴに陥りやすいのが夜間・悪天候などの視界不良の環境下と言われています。

濃霧や分厚い雲の中を飛行する場合、パイロットから見えるコクピットの景色は一面が真っ白の平坦な世界になり、基準となるものが無くなってしまうのです。

またこのような視界の悪い環境下でエレメント、編隊を組んで飛行する場合には編隊長機よりもそれに追従する僚機の方がバーディゴに陥りやすいとも言われます。

編隊飛行は基本的に隊長機を目視しながら自機の位置を調整しますが、周りの景色が見えない中で隊長機を見失うわけにいかないからと意識が集中するあまり、自分が今どのような状態にあるか、感覚を失ってしまうそうです。

バーディゴから
抜け出すには

自分の感覚が信用できなくなっている以上、飛行機のコクピットに備え付けられた「計器」に絶対的な信用を置いて、それを信じて飛ぶというのが唯一の解決策です。

しかし言うは易く行うは難し、とはよく言ったもの。

自分の感覚よりも計器を信用するというのが、頭では分かっていても、とても難しいのだそうです。

自分では機体が大きく上を向いているように感じているのに計器は水平飛行を示している、その何とも言えない「気持ち悪さ」はパイロットにとって非常に苦痛となるのだとか。

また、そもそも自分が方向感覚を失っていることに気付かなければ計器を確認することがありません。

操縦士の技量
機種の差に
関わらず起こる

ではバーディゴは経験豊富なパイロットであれば回避出来るのかというと、操縦士の技量・経験には無関係に起こり得ます。

事実、今回F-35の事故に遭われたパイロットの方は飛行時間3200時間という戦闘機パイロットとしては大ベテランの域に達している方です。
他にも「ベテラン」と呼ばれるパイロットがバーディゴが原因と思われる事故に遭ったケースは数知れません。

また、ここが非常に重要な点ですが、どんな機体でもバーディゴは起こりえます。

飛行機も進化を続けていて、例えばHUD(ヘッドアップディスプレイ、パイロットの目線に飛行情報を表示する)の導入により、パイロットは真っ直ぐ前を見ながら計器を見ることも可能になりました。
また最近では更に進化したHMD(ヘッドマウントディスプレイ、ヘルメットのバイザーに情報を表示)で、上下左右何処を向いても常に視界の中に計器情報を表示することも可能です。
更にパニックボタンと呼ばれる、機体を自動で水平飛行に復帰させるオートパイロットを備えた機種も最近では珍しくありません。

しかしバーディゴの本質が人間の「錯覚」である以上、これらはそれを防ぐ決定打とはなり得ません。
事実、HUDが標準的な装備となった近代の戦闘機でもバーディゴが原因と思われる事故は度々起きています。

更に言うと、大型の旅客機でもバーディゴは起きます。
そして、それによって少なくない事故、そして犠牲者を生じているのです。

 

人間は本来、地に足を着けて暮らす「空間を立体的に動き回る」ことには不慣れな生き物。
バーディゴとはそんな我々人類が空を飛ぼうとする上で、決して避けられない厄介な現象なのです。

※参考資料

  • トップガン奮戦記(著:菅原淳)
  • パイロットと空間識失調(著:原田實)
  • 戦闘機「超」集中講義(著:船場太)